ヨガが教えてくれた事のひとつに「信頼関係」がある。
じっくり育つ信頼もあれば、本能的に生まれる信頼関係。
アシュタンガヨガみたいに指導者によるアジャストメントが多い場合は、自分の体を触られるわけだから、指導者との信頼関係はものすごく大切だと思う。新しいクラスに行った場合は、先生を見てすぐに「この人に身体を触られても平気か」を判断しないといけない。つまりは、自分が信用出来そうもない人からのアジャストメントは断る方が得策。危ないし、結局アジャストされても身体が拒否反応を起こしてしまうと、身体も心もオープンにならないだろうし。そして断った事によって気を悪くするような先生なら、多分その先生との相性は悪いって事で次のクラスを見つけた方がいいと思う。
私がジョンに出会ったときは、「あ、この人だ」と瞬時に思ったのを覚えている。どちらかというと有名な先生とかそういうのは避けてきた私だったので(アシュタンガを始めて間もなく有名な先生のワークショップに参加したのですが、その先生が変な人だったから。国際的に活躍していてフォロワーも多いらしいのだけど私には駄目で、以来有名な「ヨガの先生」はかなり懐疑的な目でみてた。)、ジョンの知名度とか指導経験とか全然心に響かなかったのだけど、ひょんな事がきっかけで出会い、「弟子の準備ができた時に師は現れる」という言葉がぱっと頭に浮かんだ。私の準備はできたんだって。以来言うまでもなく、ジョンとルーシーには絶対な信頼を寄せてる存在。
比べて信頼関係を築くのに時間がかかるのが恋人/夫婦関係。特に夫婦はとりあえず死ぬまで一緒に居る(可能性が高い)人だから、慎重に時間をかけて信頼関係を作って行く必要があると思う。そしてその中で見えてくるのが、信頼と依存と恐怖って混同しやすいものだな、という事。結局誰かを信頼するって自分が強くないと出来ない事で、自分で自分の強さをもって自分を信頼した上で、そこからはじめて他者を心から信頼できるんだと思う。
・・・などという事を浮気性の知人を見て思いました。
浮気は信頼を壊し、疑心が生まれ、疑心から恐怖が生まれ、恐怖心故に時として攻撃的になる、って良い所が一つもない行為なんだなって思う。
シェークスピアの言葉で「愛は万人に、信頼は少しの人に」とあるけど、本当に信頼するひとは気をつけて選ばないとね。